なぜ?府中市が平和島競艇場を主催する意外と知られていない理由

府中市が主催するのは多摩川競艇場ではなく大田区にある平和島競艇場です。市の財政に大きな貢献をしていますが、元々は東京都が財政難で撤退した赤字事業を引き継いだ歴史を持っています。当時は地元住民が多摩川競艇場開場に反対していたことも、府中市が離れた平和島の主催に乗り出した要因だと言われています。

府中市が主催する平和島

府中市の桜並木の風景

府中市は公営ギャンブルによって豊富な財源を持っていることで有名です。
府中市内には多摩川競艇場(ボートレース多摩川)と東京競馬場がありますが、府中市が主催しているのは大田区にある平和島競艇場(ボートレース平和島)です。

平和島は全国24場の競艇場の中でも全国屈指の売上を誇り、2016年度は全国1位に輝きました。
ちなみに市内にある多摩川競艇場の施行者は青梅市と東京四市競艇事業組合(小平市、日野市、東村山市、国分寺市)なので府中市は運営に関わっていません。
東京競馬場は所有者および運営管理者がJRA(日本中央競馬会)です。
それぞれ、来場客による経済効果があるものの、舟券・馬券による直接的な影響はありません。

府中市の予算規模

一般会計:955.9億円
国民健康保険:233.2億円
後期高齢者医療:52.6億円
介護保険:165.8億円
公共用地:28.2億円
下水道事業:39.5億円
火災共済事業:911万円
競走事業:637億円

府中市平成30年度財政の概要
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/gyosei/zaise/jokyo/30zaiseigaiyo.files/30gaiyo.pdf

競走事業はボートレース平和島売上金を財源に行うモーターボート競走事業で、空前の競艇ブームによって平成30年度は前年比12.3%増の金額を予算に組み込むことができました。

これまで競走事業から一般会計に繰り出しされた総額は2,800億円以上にのぼり、府中の森芸術劇場の建設においても競艇の収入が大きく貢献していると言われています。

府中市が平和島を主催するようになった要因

平和島競艇場は1954年に大森競走場として開設され、当初は東京都が主催していましたが、利用者が少なく翌年1955年には東京都が撤退をして競走中止になります。
そこで赤字状態だった大森競走場の運営に手を挙げたのが府中市です。

1955年9月より府中市が主催者になり、1957年に大森競走場から平和島競艇場に改称しました。
1960年からは神奈川県の市町村から構成された相模湖モーターボート競走組合も主催に加わりますが2004年度を持って撤退し、再び府中市のみの主催に戻りました。

2000年代は競艇の低迷期でしたが、その後はプロモーション活動やネット投票の普及によって競艇の売上が増加しています。
現在、府中市が平和島による競走事業収入で潤っているのは、赤字で東京都が撤退した競艇開始初期や2000年代の低迷期にも辛抱強く主催を続けた粘り勝ちだと評価できます。
ちなみに府中市は1954年に府中町、多磨村、西府村の合併で市に昇格し、1950年代には相次ぐ鉄道の開通で宅地開発が進み、財政的に潤っていた歴史があります。

また、多摩川競艇場は1954年の開場時に地元住民から反対活動が起こり、府中市の前身になった多磨村は村長のリコール騒ぎが起こりました。
府中競艇場と呼ばれていたものが多摩川競艇場に名称変更されることになり、地元住民の反対意見が強いことから、府中市は市内に競艇場があるにも関わらず、遠く離れた大田区の大森競艇場主催に手を挙げた経緯があります。