【競艇】整備の名人といえば?持ちペラ制廃止により薄れゆく職人の存在

競艇における整備の名人と呼ばれる人物は、持ちペラ制時代の赤岩善生や、持ちペラ制導入以前の昭和末期で選手から評判が良かった多摩川やびわこの整備チームなどが挙げられます。モーターやプロペラの整備・調整でどれだけ差が出るのかや、整備名人が存在した時代と現在の違いを解説しています。

整備名人

整備に使うネジたち

競艇には整備の名人と称される選手や整備士が存在しました。
しかし、モーターやボートでの優劣を少なくした現在の新プロペラ制度(2012年導入・持ちペラ制廃止)によって、整備の名人と呼ばれる人が少なくなりました。
それでも、モーターの成績が整備の名人の手が加えられた後に長期的に調子良くなるケースがあります。

新プロペラ制度でできること

現在の新プロペラ制度では、開催日前日にモーターの抽選が行われ、整備できるのはボートレース場内のみで、プロペラ調整で使える工具は主に木製ハンマーのみです。
モーターやボートの性能差は、製造工程で生まれる僅かな個体差と、プロペラの調整による2つの影響があります。
エースモーターや超抜モーターと呼ばれる優秀なモーターの大半は、製造工程で他のモーターよりも優れた性能を持っています。

競艇予想では、モーターの期待値が重要で、抽選によって割り振られるモーターは番号が付けられて過去の勝率などのデータが公開されています。
整備力があるA1級選手が乗った後は、モーターそのものの成績が良くなるケースもありますが、整備やプロペラの調整で補える範囲が限られているので、整備名人と呼ばれる人が少なくなりました。

プロペラ職人と呼ばれた赤岩善生選手

赤岩善生選手は2019年3月現在もA1級で活躍するトップ選手ですが、持ちペラ制時代は完調宣言をすることも多く、プロペラの調整力はトップクラスと称されていました。
持ちペラ制廃止以降も安定した活躍をしていますが、G1およびSGのビッグタイトルで見ると、2012年のオールジャパン竹島特別(G1)以降に優勝歴がありません。

新プロペラ制導入以降もプロペラの調整力は競艇業界トップクラスだと称されていて、エースモーターを引いた時は持ち前の整備力を活かして圧倒的な強さを誇ります。

競艇スタッフが整備名人と言われていた

1998年に持ちペラ制が導入する以前は、ペラやモーターなどを一環して競艇場ごとに配置された整備チームが各ボートの整備を行っていました。
当時は整備力を競う競技会も行われるなど、整備スタッフの腕が競艇予想の指標になっていました。

昭和後半は、びわこや多摩川の整備チームの評判がよく、特に多摩川の整備長小川精一氏が選手の間から「整備の名人」と称されました。

持ちペラ制導入以前の昭和の競艇は、現在とは比べものにならないほど、ボート・モーター・プロペラで顕著な性能差が出ていました。
モーターが当たりで整備もバッチリ行われた超抜機さえ割り当てられれば、外枠のB級選手がインコーススタートのA1級選手に勝つことも頻繁にありました。

現在は性能差が少なくなり、整備名人と呼ばれる人はいなくなりましたが、モーターの当たりハズレとプロペラの調整で優劣が変わる傾向が同じです。
なお、競艇予想で重要な役割を担うスタート展示は、2002年8月より導入されました。
それ以前の展示航走は周回展示のみで、1991年まではスタート練習という形で現在のスタート展示に近いものがレース前に行われていました。
展示航走のルールや流れが変更になっているのは、モーターの性能差の見極めが難しくなったことや、個体差が少なくなってインコース有利の傾向が強まったことも影響しています。